【生き方】人間生まれてから死ぬときも一人だ。だからこそ一人でも強く生きなさい。母の教え。そんな私は今どんな生き方?【母の言葉】
どもども。
青唐辛氏でございます。
今回は母の教訓についてのお話。
人間生まれてから死ぬときも一人だ。だからこそ一人でも強く生きなさい。
この言葉は何度も耳にタコができるほど聞かされて生きてきました。
僕は母一人子一人の母子家庭の二人家族です。
小学校の時に親は離婚し見知らぬ土地へ二人で引っ越してきました。
今だからこそ話してくれましたが母は離婚する際。
母の父親、私のおじいちゃんからこんな言葉を言われたそうです。
「おまえがしたいならそうしろ。ただ、覚悟はあるんだな?」
「この先一人で生きて子供を育てていく覚悟が。」
「向うからは何もお金をもらうな。養育費ももらうな。」
「それがけじめだ。自分の決めた事に責任を持て。」
「それほどの覚悟があるなら俺は何も言わない」
…じいちゃんすげえなと思いました。
普通ねぇ…甘やかすでしょ?突き放して覚悟させてるんです。
本当の優しさだと思いました。
離婚した後もじいちゃんとばあちゃんはとても優しく。
母と僕を支えてくれていました。
温かく温かく優しい気持ちをもらえたと思います。
小学2年生の頃です。
離婚して見知らぬ土地福岡にきたのは。
小さなアパートを母は借り働きだしました。
僕は小学校に通いながら鍵をもっている鍵っ子です。
…家に帰っても誰もいません。
ただいまと言っても誰も返してくれません。
ご飯だって電子レンジでチンです。
小学生ながら思った事がありました。
「こないだまで賑やかにみんなで住んでたのに」
「なんでこんな事になったんだろう…寂しいな」
そんな暮らしを始めてから母がある言葉を言うようになりました。
僕がメソメソして泣いたり心が折れている時に母は言います。
「人間生まれてから時も死ぬときも一人だ」
「お母さんもいつか必ず死ぬ」
「だからこそ一人でも生きれるように強くなりなさい」
「泣いていいのは嬉しい時と誰かが死んだとき」
「人を傷つけるような人間になってはダメ、いつかバチがあたるよ」
「人を守れるような助けれるような優しい人間になりなさい」
何度も…何度も言われました。
本当に何度も…今でも言われます。
正直小学生の時の自分には酷な言葉でした。
甘やかしてほしいのに甘やかしてくれませんでした。
なんで…他の子達はお父さんもお母さんもいて…。
あんなにデパートで楽しそうで…。
僕だけなんでこんな…。
生まれてから死ぬまで一人なんて嫌だ。
そう、僕は思っていました。
憧れでしょうね。家庭というものに憧れがありました。
羨ましかったんですよ。普通の家庭が。
そんな事を言っても仕方がありません。
時は進みます。
中学生…高校生…社会人。
どんどん時は進んで僕は大人になりました。
大人になってからこの言葉の大切さ。
母の育て方には本当に感謝をしています。
何度も…何度も人生心が折れる事がありました。
でも、その都度自分でなんとか立ち直る努力をします。
と一人で立ち上がる事ができるようになりました。
もちろん人に頼る事も覚えました。
助けてくれる人達がありがたい事にいますから。
でも、まずは自分でやってみてから。
それでも僕の本質は一人というものが染みついてしまっています。
正直離婚した今家に一人ですが昔に戻ったという感覚なので。
…でも寂しいですよ(笑) 一度家庭の温かみを知ったので…。
とにかく母は強くなりなさいという事をしきりに今でもいいます。
自分が死んでも僕が強く生きていけるようにだそうです。
本当に一人で生きていけなんて思ってません。
ただ、何があっても大丈夫な強さを持つように…。
母よ。ありがとう。
おかげさまで人生ここまでやってこれました。
人間生まれてから死ぬときも一人だ。だからこそ一人でも強く生きなさい。
この言葉を胸に今後も生きていきます。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
次回の記事も宜しくお願い致します。